けくそ万防日記4                            万引きをめぐる不可思議な言い分?その1-「万引きは犯罪」は何を意味するかー

「万引は犯罪」だと強調される。こんな当たり前のことを言い募る方々は、万引はたいしたことではないと思っている人が少なくないので、犯罪だといえば考えを改めるのではと期待するのだ。そう訴えることで万引をやめさせる効果があるかもしれないと思うからだ。
確かに、万引きは、刑法第235条により、窃盗罪として10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる立派な犯罪である。万引きは、警察の窃盗罪の手口の一つで、空き巣や忍び込みといった手口と並び、典型的な窃盗の手口である。だが、その扱いは警察では大きく違う。他人の家にこっそり入り、強盗にも早や代わりするおそれもある空き巣や忍び込みなどは、侵入盗犯と呼ばれ、警戒すべき重要窃盗犯と位置づけてその検挙が称揚されている。それは理由のある考え方であるが、万引きはといえば、多くの顧客が出入りする場所で行われる犯罪で、被害品も展示されている物に限られ、犯人も子どもが多いことなどから、泥棒のプロによる重要な犯罪とはみなされず、警察の扱いはそこそこである。それもあって、万引して捕まっても警察に叱られるだけではないか、相当何度も捕まってはじめて裁判になり、やっと執行猶予ではないか、そんな万引きは犯罪と言ってもちんきなもので、警察だって迷惑がるものだろうという漠然とした考えが人々に沁み込んでいるのではないか。
だから、万引きは犯罪だと強調しても、その効果には自ずと限度がある。確かに、世間を知らない子どもたちが、「万引きは殺人や強盗と同じように犯罪なんだ。」と教えられて、「ふーん、そんなにいけないことだったんだ。」と素直に聞いてくれることは期待できる。「万引は犯罪です。」と当機構のポスターが訴えて10年を超えるが、このポスターの大半は中学校を中心に今でも子どもたちの目に触れるところに貼ってある。この間の経緯を見ればそれが一定の効果を持ったことは間違いない。
それでも万引きをしてしまった子どもたちに対してどう対処するか?14歳にならないと刑事責任は問えないのだから、万引は犯罪だといってみても通用しない。たとえ刑事責任能力はあっても中学生に厳罰を課すことはできないのは明らかだ。とすれば、万引きに手を染めた子どもに、万引はいけないことで大人は看過しないのだ、世の中は甘くないのだということをどうやって伝えられるか?その答えが、先の東京都などの万引をさせないための行動計画に、親や学校に警察は連絡して子どもにしっかり教えてもらうというやり方だ。それがかなりの効果を生んだらしいことは先にも書いた。とにかく万引きはたいしたことではないというのは間違いだと子どもたちにわかってもらうことが大事で、そのためにいろいろ工夫することが私たちに求められているということだ。
ところが、それなりの年齢を重ねれば、万引きが法の世界でどのように取り扱われているかぼんやりとではあるがおおかた正しい?見方ができるようになる。酸いも甘いも知ったはずの高齢者が、それも順法精神に富んだ日本の高齢者がなぜ万引という犯罪を犯すのかという質問をぶつけてくるフランス人記者の真剣なまなざしは、もっともではあるが、実は、高齢者だからそうなのだと応えるほかないのだ。なんだか投げやりだが、これまで常識をわきまえて生きてきた高齢者が、なぜまた犯罪に手を染めるのか、個々の事情を詳しく調べていくことが必要だが、私としては老人の孤独が原因だとかといったありきたりの物知り顔はしたくないし、してほしくもない。孤独な老人が多数いるのは間違いないと思うし、孤独が背景にあることもないわけではないだろう。でも、大半の孤独な老人は万引きなどしないものだ。誇りを捨てるようなことはせず、後ろ指を指されることを嫌って、しっかり生きておられるはずだ。そんな方々が孤独な高齢者が万引きをすることが多いなどと聞けば、一緒にしないでくれという怒りを持たれるのは当然だ。それに、老人の孤独が問題だと言い募っても、高齢者の万引きが少なくなるどころか、孤独なら万引きしても同情が得られるという勘違いを生みかねないではないか。
話は少しそれたが、万引きは犯罪だと言っても効果の薄い高齢者の万引犯にどう接するか、万引きは許されないことで、犯罪であることがどういう意味を持つのかということをどのように伝えるか、まだ本格的な取り組みは始まっていない。東京都が昨年行った調査でも示されているが、高齢者の万引きで著しい効果がある対策は、店内で「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」と声をかけること。彼らが万引きは犯罪だと良くわかっているのだから、自分が見られていることを自覚することは彼らの自制心を呼び起こすことになる。それに、万引きして取り押さえられた最初の時の店の対応は大切だ。もし、高齢者だからといって簡単に注意だけして済まそうものなら、誰だって、万引きは犯罪と言ってもこの程度のものかと軽信する。うまくやった経験が重なるとともに、捕まってもよくお詫びすれば許してもらえると知っている高齢者の万引犯は店にとって厄介だ。だから、店内で捕捉した万引きの高齢者には、しっかりと氏名と住所をお話いただき、家族に連絡を取り、2度とこのようなことはしない、しばらくの間はこの店を訪れないことを約束してもらうことだ。もし、家族がおられないなら、必ず警察に連絡することだ。手はかかるが、最初の段階で犯罪であるがゆえに厳しい対応をされるものだと知ってもらうことが一番効果的だ。
そして、高齢者の皆さんにはこう訴えるほかない。“恥ずかしいことはおやめなさい。あなたのこれまでの一生が汚れますよ。他人に後ろ指を指されるようなことはするな、他人に迷惑をかけるなと言われて育ち、これまでそのようにしてきたではありませんか。あなたより若いおまわりさんや店員に頭を下げるなんて、偉そうなことをいわれるなんて、いやなことでしょう。”
実は犯罪とはそういう恥ずかしいものなのだ。刑罰の軽重が犯罪を抑止する側面があることを否定しないが、たとえ微罪でも罪を犯すことで自分が惨めな思いをし、幸せになれないと思うから、万引した物を食べても、おいしくはないから、満足感を得られないから、だから万引きなぞしないというのが普通の人間の矜持なのだと思う。
それでも万引きをするという高齢者は、犯罪者として厳しく処断されるべきだ。現に、万引きで刑務所に入っている高齢者は少なくない。そんな一生を送りたいのか、がそういう人には問われることになる。
刑事司法の効果で万引きの再犯防止を期待することには限界があるが、だからたいしたことがないと思われては大変だ。万引きをして店の従業員の手を煩わせ、本来の仕事を邪魔したのだから、それに伴う店の出費ぐらいはお支払いいただくことが必要だろう。捕まって謝れば何もされないというのでは、また万引きをすることになるだろう。多少のペナルティがあってもしかるべきだ。
少年と高齢者以外の万引犯はどうだろう。中でも万引きした物を売って生活費を稼いでいる常習犯はどうだろう。いろいろな事情があるとは言っても、この者達には、刑事司法の力を持って対処することが一番だ。それは彼ら自身も、被害者である小売業者もよくわかっている。ただ、残念なことに、被害者の切実さや万引対策上絶対に必要だと我々が考える警察の対応をよくは知らない警察官は少なくない。万引きの問題をよく知っている警察官はむしろ少数だ。目の前に突き出された、もう2度としませんと反省しきりの犯人、多額とは言えない被害品を見れば、被害者が彼は何度もやっているのですよと言っても証拠が示せなければ、警察としては、逃亡と証拠隠滅のおそれがないのだから、逮捕することもままならない。このような警察の対応を、もう一工夫してほしいという場合も少なくないが、警察はサボっている、けしからんという非難は必ずしもあたらないと言わざるを得ないのだ。せっかくやっと捕捉した万引き犯を簡単に釈放してしまう警察に怒りを持つ被害者とそうは言われてもという警察、お互いに不幸なことだ。犯罪であるがゆえに生じるこの乖離をどう埋めるのか、これから私は本気で考え,皆さんに提起してみようと準備している。
その基本的方向だけお示しして、詳細は今後のことにしたい。問題の鍵を握るのは被害者サイドだ。彼らが万引きに対してどうしたいのか、何を目的に万引対策をするのかを明確にした上で、警察その他の関係者の立場をよく知った上で、その制約の中で、自分たちの目的を最大限達成する方法を探し出すこと。被害者サイドは、万引は犯罪なのだから警察の仕事だろうと言っていても問題は解決しないことを理解し、自らのリードで、その知恵と努力で、受身の立場にある警察その他の関係者を動かすこと。その際に重要なことは、一つ一つの店舗で孤独な戦いをするのではなく、一つの事業者全体で、さらに他の事業者と協力して、万引き対策の幅広い戦線を構築することであり、そのためにも万引対策を経営者を含めた事業者全体の重要事項として取組むことである。とにかく問題をあいまいにせず、先の労働組合の方の言い分ではないが、従業員が皆すっきりとして対処することが必要だ。
たかが万引き、されど万引き。大したこともせず、こそこそ文句を言っているだけでは、状況は全く変わらないことは確かだ。誰も助けてはくれない、「天は自ら助くる者を助く。」と言うではないか。それがいつまでも「万引きなんてたいしたことない、目くじら立てるのは大間違いだ。」という俗説をはね返すたった一つの道のように思う。

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