やけくそ万防日記17  万引犯の警察への全件通報をめぐる議論のたたき台(その2)

前回に述べた全件通報をめぐる現状をどのように打開するのか、次に述べてみたいと思います。
(店舗の考えがすべて)
全件通報をすべきかどうかについては、これを規定する法律はないことをまず指摘しておきます。もちろん確保した万引犯を故意に逃亡させるような行為は犯人隠避罪に問われる場合がありますが、今問題にしている通常の万引犯に対する対応に関してはその恐れはないでしょう。
そうだとすれば、この問題の解決の方向性は、被害者たる店舗側はどうしたいのかをまずしっかり考えることから開けてくるように思います。
まず、店舗としては、「万引きは大抵の場合、大きな罰則がかかる犯罪ではないということなのに、全部警察に持って来いというのは負担を求めすぎだ、警察に持っていっても大したことはできないばかりか迷惑がる警察官もいるではないか、警察に通報しても万引犯に再犯防止の効果があるのか疑問だ、本当に全件通報すれば警察はパンクするのではないか、警察も困るではないか。」というように考えている方は少なくないでしょう。
他方で、「この犯人は許せない、厳罰に処してもらいたい、それ以外に彼の万引きを防ぐ手立てがないので、店の商品を守るためにも犯人を確保するから警察にしっかり処理してもらいたい、その意味で警察に通報した時にはしっかりやってもらいたい、処理の時間はできるだけ短くしてほしいが、出来るだけ協力する。」というのも本音でしょう。
さらに、「全件通報と万防機構も警察も言っているので、これに逆らうようなことはできないし、困ったものだ。我々は商売をしているのだからそこをよくわかってもらわないと。」と内心お困りになっているものと思います。
原点に戻って考えてみましょう。店舗の万引対応への基本的な目的は、万引きによる自店舗の被害を防止することにあると思います。その実現のために、店舗はいろいろな万引防止策を講じます。例えば、様々な防犯設備を充実する、万引きされにくいような商品の配置をする、店員による声掛けを励行する、万引Gメンにお願いして防犯に努めるなどです。他の系列店舗や同じ地域の他の店舗が足並みを揃えて対処すれば、自店舗の万引を防ぐことにもつながるとのコンセプトも重要です。
そのように努力しても、万引きをする人があとを絶たないのが現実なのですが、その場合の店舗側の対処方法は、警察との関係で言えば、3つに大別できるように思います。1つは、声掛けなどを充実して万引きを未然に防ぎ、犯人確保は考えないというもの、2つは、犯人を確保するが警察には通報しないで店舗サイドで処理するというもの、3つは確保した犯人を警察に通報するというものです。いずれの方針で対処するかをあらかじめ考えて、決めておき、店舗従業員全体がその方針に沿って対応する必要があります。いつも同じ方針でなければならないというのではなく、店舗サイドの体制、店舗のその時の混雑状況、万引き被害が極端に多くなる時期、時間帯等を考慮して決めていくことができるものです。今日は体制もないので、とにかくその店舗のその日の万引きを減らすことに専念すると決めれば、店員がどんどん声掛けをして、万引きしそうな客がいても、どんどん声掛けをする、それで万引を防いでしまうという対応をすることが考えられます。そればかりでは、万引犯に甘く見られるでしょう。この店は見つかっても買うつもりだったとか言えば万引犯として扱われない店だと思えば、次の機会には声掛けされないようにうまく万引しようという気になる輩が出てくることは確実ですから、別の方法も適宜組み合わせるといった判断もあるでしょう。
こんな客は客ではない、きちんとして謝らせたいと従業員が思う場合があるものですが、その場合、とにかく確保して万引犯としてそれなりのプレッシャーをかけることで彼の再犯を防ぎたいという方法をとることが考えられます。その場合、それに従事する体制が必要ですので、体制の強弱により、やり方も変わるでしょう。万引Gメンや専門的な従業員を配置していれば、柔軟な対応が可能です。その場合、前記2つ目の、確保して店内で様々なプレッシャーをかけることでおしまいにするという方法と、前記3つ目の、さらに警察に通報するという方法があります。私の知る限り、全件警察に通報する店舗より、それぞれの判断基準で店舗限りの対応をしている店舗が多いように感じます。その判断基準として使われているのが、被害額の大小と犯行の悪質性、集団での犯行か否かなどです。皆さん、あまり大きな声では言われずに、大体そんなところと遠慮気味に言われるのは、全件送致を警察や当機構が求めていることを知っているがその通りにはしていないとお考えになっているからでしょう。
私は、現下の万引多発の状況や店舗の運営状況を考えると、店内での処理が万引犯の再犯を防止する上でそれなりの効果を持つものであれば、これを有効に活用すべきではと思っています。これは当機構のこれまでの方針と異なるものですので、当機構の方針というわけにはまいりません。ですから、議論のたたき台と言っているのです。しかし、私は、ただ厳重に注意するだけでよいと言っているのではないのです。それでは万引犯から甘く見られ、効果がないことは現場の皆さんが実感しておられると思います。
そこで、店舗内でプレッシャーをかけるやり方を工夫する必要があります。アメリカでの対応を参考にして、合理的なやり方を考える必要があります。一つは、本人が、書面で、万引きをしたことを認め、これを陳謝して、住所氏名等を明らかにし、署名することです。加えて、今後一定期間、この店舗には訪れないことを約束させることも許されるでしょう。また、犯人が高齢者で家族のいる方や子供の場合は家族への連絡が効果的でしょう。これは後の予期せぬ事故を防ぐためにもとるべき措置でしょう。さらに、犯人に対して店舗従業員に無用な負担をかけたことを理由に少額の金銭の請求をすることもできます。
これらの措置は、万引きの現場で、明白な証拠があり、本人も万引きを認めている場合に、わが国でも一部の店舗で行われているものですが、それをめぐって紛議が生じている例を私は知りません。このような手法が何かやってはいけないこと、外に漏れたら大変なことになると思われている事業者がいるように思われますが、何もこそこそやらなければならないようなものではありません。ただ不安だ、面倒だというだけであきらめたり、やっていてもやっていないふりをするということではいけないと思います。万引犯に対する損害賠償請求については、最近当機構が、法学者の見解や前例を記載したパンフレットを出していますので、当機構のホームページをご覧ください。
また、万引犯に対する再犯防止教育を進めることが効果的だと考えられる場合があります。店舗でどのような教育が可能か今後の検討が必要でしょう。高齢者万引の防止策にはなかなか良い手段がないのですが、神奈川県においてその取り組みが始まり、当機構がそのお手伝いをすることになっている件があり、これについても担当者からこの日記に近々その状況を書いてもらおうと思っております。
また、確保した犯人がしばしば「万引きしたのははじめてだ、今後2度としないから許してほしい。」と言うことに、半信半疑で対応しなければならないことが、警察に通報しないで店舗で彼に再犯をさせない取組みを困難にしています。そういう弁解に反論する手立てがないからです。常習者でもそうだとわからずにそのウソを見抜けずに店舗限りで処理しているとすれば、これまた彼らに甘く見られることになります。少し変だと思えば警察に通報することが良いという判断は適切だと思います。併せて、他の店舗、事業者とも情報を共有して、常習者情報を蓄積、活用できる新たな仕組みを構築し、万引犯のウソを見抜けるようにすることも店舗サイドで万引防止の取組みを有効に進めるうえで必要だと思います(少しずつ進んでいますよ、乞うご期待!)。
それでは、どういう万引犯を警察に通報するかについてです。やはり,万引常習者と疑われる者については、被害額の大小にかかわらず通報すべきです。将来の厳罰を視野に入れておかなければならないからです。他方で、常習犯でなくとも、警察と協力しての再犯防止対応が効果的と思われる場合も警察に通報すべきです。早いうちに万引を甘く見ることを防ぐ意味で、大切なことです。特にそれが子どもの場合、大きな効果があると思います。東京都では、警視庁、学校、PTAなどと連携して、万引き少年が警察に突き出されれば、警察は保護者、学校に必ず連絡することにしました。平成16年頃から取り組みが広がり、徐々に浸透していったことから、子供たちの中に、万引きして捕まったらみんなに知らされるから万引きはうざいよといううわさが広がることとなり、それが一因となって子供の万引きが減ったとみられています。成人の場合では、警察に通報することで再犯を思いとどませることが一番期待できる段階は、最初に万引した時でしょう。はじめてやった時に厳しく対処する、必ず警察に届ける、警察はしっかり注意するという対応が取れればかなり再犯を防ぐことになるでしょう。
最初に言ったように、どのような対応をとるかは、店舗の体制や店舗の状況に左右されます。責任者がガバナンスを利かして、最良の判断をして従業員と示し合わせ、それを徹底することで、関係者はすっきりした思いで対処できると思います。明確な方針をたて、店舗側が攻めの姿勢で、問題をコントロールすることによって、お客様を大事にしながら店の商品を守るという緊張感を生み、万引犯にプレッシャーを与えることにつながると思うのですが、いかがでしょうか。
以上述べたような対応は、店舗の身勝手だとの社会的非難を受けるようなものでしょうか?
一つは、店舗サイドで犯罪者を見逃したりするのはいかがかとの意見もあり得ます。これについては、それが先ほども述べたように、法律上の要請でないばかりか、店の側に警察に通報しない合理的な事情があるのですから、それをしないことで非難を受けるいわれはないでしょう。
二つは、声掛けなどで万引きを防げるなら、徹底してやるべきで、万引したくなるような店で犯人を検挙しようというのはおかしいのではないか、万引きをやらせておいて確保するとはやりすぎで、罪作りではないかとの意見があり得ます。確かに、応分の万引防止対策を講じることは事業者としての社会的責任と考えられます。しかし、いくら対策しても限度があるのも事実であり、声掛けの仕方も、例えば「お客様、何かお探しですか?」といったもので、「万引きしたらだめですよ」というような言い方はできないこともあり、それ自体絶対的な万引抑止の力を持っていないことも理解しておかなければなりません
ただ、万引防止策は何もしないで、経済合理性だけで判断するのはいかがなものでしょう。「我々は何も悪くない、盗る方が悪いのだ、警察こそ何とかしろ。」という言い分は、お客様に快適な店舗づくりをするという方向と逆行するものでしょうし、実際上は万引やりたい放題の店として万引常習者に知れ渡ることになるでしょう。それを盗難保険で対処しようという事業者があると聞こえてきますが、保険会社は警察に対する被害届を求めますし、また、被害額を全部補填してくれるような保険などあるはずがありません。
また、万引犯を確保して110番した店舗に警察官が急行したところ、店舗は被害届を出さないというので、警察は大いに困ったという事例が報告されています。これはあまりに身勝手でしょう。被害届がなければ、警察は捜査ができませんよ。自分たちは労力はかけないので警察がしっかりやれというのでは、非常識の誹りを免れないでしょう。
さらに、大阪府警の警察署の留置場から逃亡した犯人が確保されたのは山口県内の道の駅で、これを警察に通報したからこそ、彼の長期の逃亡に終止符を打つことができたとのことで、全件通報を遵守することで大きな社会的貢献が可能との事実もあります。この問題は簡単ではありませんが、日常的で多数の案件を処理しなければならない万引犯対応を気持ちよく進めるにはどうするか、現実を踏まえて、皆でよく考えておく必要があると思います。
以上のように私は考えるのですが、多くの方のご意見をいただければと思います。いずれにしても、店舗サイドの万引防止の目的は何よりも商品を守ることですから、そのために必要な合理的対策を講じること、それについて世間の理解を得ることを本格的に進めていく必要があると思います。

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